Behind the 2020 Tokyo

2020 Tokyo同時進行小説&オリジナル小説・エッセー・コラムをブログとYouTubeで展開しています。

2008年07月の記事

動機なき犯罪をなくさせるための提案

動機がないまま、
とっさに自分とは無関係の人たちを殺める行為は、
断じて許される事ではありません。
むしゃくしゃしたから、
だれでもよかった、
仕事がうまくいかないから、
世間を騒がせてみたかった、
だれも自分を認めてくれないので腹が立った・・・。
これでは、常識での知・情・意がはなはだ欠如していて、
社会環境不適切人間という烙印を押さざるを得ない。
犠牲者のかたは大切な未来を奪われ、
犯人はのこのこと生きている。
法的に刑事責任を負えない精神的な病があったので無罪?
理不尽な人の考えや行為は何故多発するのでしょうか。

などど悠長なことを言っている場合ではありません。
そういう行為をなくさせるためにはどうすればいいか。
マスコミでは有効な手だてを提案するどころか、
事件の詳細を載せれば部数が稼げるという、
浅はかな思いも感じられ、
これからの対策や提案を出すという行為も見られない。
誰もが思っている解決方法があるので、
ここにご提案いたします。

1)18歳までの青少年には例外なく、二年間全寮制の集団奉仕部隊に入隊させる。
そういう法律を今国会で成立させる。
入隊者には厳しい労働を課し、人間的な成長や周りを思いやる道徳心を育ませる。
入隊の間はTV・携帯は一切禁止。
2)いまの教育界のシステムを一新する。
6・3・3・4制度の見直し。教育委員会の廃止。
3)日教組を解体させる。
教職者の権利を優先させてきたツケは大きい。
4)教育界には市場原理を持ち込まない。
5)政局の運営を三十代を中心とした(明治維新)世代に明け渡してみる。
6)未成年には携帯電話の使用を禁止させる。

最低このようなカンフル剤は必要と思いますが、
あなたはどう思いますか?
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現代アートとマーケット。

原油の高騰が止まらない状況の中、原材料のコスト高を価格転化という形にしてインフレの環境が作りだされようとしています。

人間が作ったマネーゲームは、πの奪い合いを生む装置としてしか存在価値を発揮しないと言ってもいいでしょう。米国発、「米国債金融資本制度」(天文学的な自国の双子の赤字額があるのにもかかわらず、各貿易黒字国のお金を自国に環流させ、自国の赤字の埋め合わせに活用し、併せて自作自演のマーケットを未来永劫作り続けていくシステム。)が世界を闊歩している以上、仲間うちのサミットととかという談合への期待は出来ないことはどなたも認めていおられるはず。業界別に分析すれば何百ページにもなるので、割愛しますが、いま、私が注目しているのはアートファンドの世界。

確かに、日本の美術界は閉鎖的で、一元さんお断り、という感じをお持ちの方が多いと存じますが、海外では、クリスティーズという世界最大のオークションがあり、一点何百億円の落札をはじめとした、活発なマーケット市場の存在があります。中国でもインドでもアートファンドに対する期待が高まっています。不動産や巷の動産のファンドは、販売促進(需要と供給)の開拓に限界があります。

しかし、アートに関しては、未知数な世界の割には無限大のマーケットがあるのです。あるのですと言いきっているのは、私自身もアートの世界に一時期おりまして、広告の世界にどっぷりつかり、経済と芸術(芸術家)の相乗効果または相互発展はあり得るのかという、自問自答を繰り返してきた経緯もあり、自立したアートビジネスも早晩根付いてくると確信しているからです。

ギャラリストは自分の画廊を持ち、気に入ったアーティストを発掘し世に出して成功を収めるのが、基本的なスタンスでしたが、これからは、年に何万人も芸術系の学校を出るアーティスト予備軍が生産される中、そんなにたくさんの画廊を持つことは物理的に不可能です。

私の定義しているギャラリストというのは、時代と向き合うまたは時代を引っ張って行ける感性豊かで、アートと経済への理解があって、かつ素晴らしい作品をつくるアーティストをどんどん世に出して行くことです。アートをマーケットと融合させ、より良いアートを生み出していく下地をプロデュースする仕事人のことをいいます。大きな目で、アートと経済の活性化を真摯に目指しているのです。




時代の空気を読む力

時代の空気を読む力。


たしか1945年の3月10日は東京大空襲の日です。

私の遠い親戚もそれで亡くなられたそうです。

いまでも、中東の各地では同じようなやり方で、

紛争が繰り広げられています。

戦争の一番の原因は思想的なことでも大義的なことではありません。

経済的な貧困や格差が人間をそういうふうに追いやってしまう。

そういうことは動物なら本能として持っているはずです。

先日何かの番組で、ライオンがシマウマを

追いかけ餌にありつこうとしていました。

普通ならそのままシマウマはやられて仕舞うと思いますよね。

ところが、シマウマは血を出しながら川で必死にライオンと戦い、

溺れさせようとしたのです。ライオンは九死に一生を得て、

やっと逃げていきました。

ことわざに、背水の陣、窮鼠猫を噛む、小が大を食う、

とかありますが、追いつめられれば動物は何だってやります。

政局のパフォーマンスや靖国うんぬんという報道の間でも、

戦前のように、知らず知らずのうちに戦時に、

巻き込まれることも考えられます。

時代の空気や無意識は怖いものです。

マスコミは以前の郵政選挙の時には、無条件に礼賛していました。

ジャーナリズムは言葉が命のはず。

その言葉を縦横無尽に手を変え品を変えている。

権力に屈しないという独自の主張がないのです。

米国のように自由にものが言えない社会になっていくのを、

指をくわえながら周りを見ているだけ。

外国からはそう見られています。

ブロガーは、右から左へと情報をながすだけの

マスコミの姿勢を監視する責任もあります。

先日国会図書館で、戦前の朝日新聞の記事を閲覧しましたが、

まさに軍部よりの戦意高揚新聞の地位を不動のものと

している感じがしましたね。他の新聞もそうなのでしょうが・・・。

時代に盲目になると自分にも盲目になり、

相手のことにも盲目になり、

思い込みと観念が、現実とつじつまを合わせようとします。

靖国問題にしても、昭和天皇が参拝された時のように

戻せばいいだけの話です。だれもそれが出ない。

要するに今の日本には指導者がいないのです。

一民間人が防衛利権の温床をつくり政治家が群がる。

知らないところで血税がどんどん使われていく。

まさに世も末ですね。

B29の各都市への無差別絨毯爆撃罪、

エラノゲイの広島・長崎への新型爆弾投下罪、

などはあと100年経っても200年経っても、

日本はなんとしても、

国際刑事裁判で再審する必要があるのです。

平和の祈りや時代の空気は

輪廻転生しているのです。


正義と信義の小話

A国の王はB国の武将である毛氏を捕虜にしていました。
かつてのB国での同胞であった毛氏を裏切り
A国の王と通じていた則氏の寝返りがあったからです。
A国の王は則氏に手柄を与えていました。
則氏はそれでA国の王に雇われ要職に就いていました。
A国の王は毛氏にも寝返ることを勧めました。
そうすれば処刑するのはおろか要職に就かせてもよいぞと言いました。
しかし毛氏は断ったのです。
A国の王は、それじゃしかたがないと、
毛氏が処刑される前に何か言い残す事はないかといいました。
毛氏は、
「私はB国の王や民を守るため必死で戦って参りました。私は君主や民を裏切ることは出来ません。寝返るなんて義に反すること。王の為死ねれば本望でございます」
とA国の王に言いました。
A国の王は声を震わせながら言いました。
「このような忠義に厚い臣下がB国にいたとは。それに引きかえわがA国はなんじゃ。義を重んじるものなど誰一人としていないではないか」
といいました。
A国の王は、毛氏に三顧の礼を施し軍師として迎え入れました。
寝返った則氏を逆に即処刑にしたのです。
そののちA国とB国は同盟関係を結ぶようになったのです。
中国での春秋戦国の時代、国と国との戦いでは、
諜報・裏切り・逆スパイ・寝返りは当たり前の出来事でした。
人を信用したりしては命取りになる時代。
ことわざや言い伝えは肝に銘じておかなければなりません。
自分の信念や考えは目先につられて、
軽はずみに変えてはならないのです。
教職での戦いでは、正義は重んじられているのでしょうか・・・。

景気浮揚策緊急提言

いま世界中どこのメディアを眺めてもマイナス現象のニュースばかりですが、時代の流れの中ではそういう時期が度々訪れるのはいたしかたのないことだとは想います。現代のローマ帝国がだんだんと崩れていく過程の足跡を、時代の証人として後世に伝えていく機会に恵まれていると思うのは、外れた考えでしょうか。しかし、時の流れを指をくわえて見ても、何も変わりません。「いま一度日本を洗濯」して、ポジティブな花火を打ち上げ潮流の向きを変える作業も不可欠です。

スピードレーサー

先日試写会に行ってきました。
マトリックスの監督作品でした。
CGと実写の融合でノンストップアクションですが、
ストーリーもなかなか良かったです。
こういう作品は、日本ではなかなか作れないですね。
7月5日から公開ロードショー。