Behind the 2020 Tokyo

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五輪は楽しく観たいですね。

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オリンピックはほんとうに参加することに意義があるのか?
という話しをよく耳にします。

たしかに、
五輪大会はもはや以前のようなアマチュア同士の戦いではなく、
市場原理を元にした商業イベント大会と化していますね。
赤字にならないように主催者側は考慮しなければいけませんが、
メダルを取得した選手には、国や団体から何千万円ものボーナスがもらえ、
マラソンで優勝したら豪華な邸宅と豊かな生活が保障されたり、
有名プロの選手たちが割って入り、ドリームチームとかなんとか称して、
メダルを取得する選手への崇高な感覚が見失われようとしています。
各国は金メダルの獲得数を国家の威信を保つ道具として扱うようになり、
選手たちは当然その見返りを期待する。
競技で優勝すればそ選手はCMやイベントでのギャランティが高くなり、
選手個人の人生設計と連動する相乗効果を得る(?)ようになりました。
私に言わせれば、オリンピック大会は
いまや妥協の産物的な国際大会なのです。
全世界での放映権料の収入は何千億円にもなり、
その規模はサッカーFIFAに匹敵するほどです。
さかのぼれば80年代のロス五輪あたりから、
大会ごとでの民間の市場原理的拡大志向が
累積してきているような気がします。
国ごとのメダル獲得争いに何の意義があるというのでしょう。
長島ジャパンでもっても金メダルは遠かった。
取れなかったら世間から責められる。サッカーが予選敗退。
ドーピングは日常茶飯事。
柔道は国際的になりルールがどんどん変わり、
本来の競技からはほど遠くなったし、
今現在、野口みずきさんが女子マラソンに出られるか微妙ですが、
出られなかったらなぜ補欠の待機を考えていなかったのか、
日本陸連の対応の甘さが露呈したとかありますが、
観る方としては、選手たちは国籍を離れて、
楽しく競技をして欲しいし、
競技者と観衆が参加するだけでほのぼのとした気持ちになれる、
本来の五輪大会にして欲しいものです。


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