Behind the 2020 Tokyo

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こうすれば川内君は代表に選ばれていた。

KURAさんは中学・高校時代、陸上部に所属していました。

父の弟(他界)M氏は高校時代、

県内でも屈指のマラソンランナーでした。

大学からのオファーがきていた事を覚えています。

ところが突然の骨折でその夢もはかなく散りました。

順調だったら箱根あたり走っていたのでしょう。

血統からいえば私も長距離かとお思いでしょうが。

マラソンは大の苦手でしたね。。。。

かといって短距離は得意と言えなかった。

弟はKURAさんに影響されたのか、

突然陸上をやりだし、1600mリレー、

ハンマー投げで全国大会で活躍。

雑誌の表紙にも登場。

KURAさんの種目ですか?

100m、200m、400m、400mリレー、槍投げ、走り幅跳び。

しかしながら、途中、

足が故障気味であまり活躍はできませんでした。


陸上競技は丈夫な足と心肺能力が基本です。

タイムと精神力はその後で付いてきます。

はじめに精神力もありですが。

要するにプロセスと結果がすべてです。

当然どのスポーツにも言えることですが。

日本人が苦手なところは、競走相手との駆け引きと、

相手を負かす勝つための戦略。


日本陸連の五輪男子マラソンの今回の選考問題ですが、

いろいろと揶揄されているようです。

川内氏は福岡マラソンで日本人トップの三着でしたが、

ご本人は納得せず、東京マラソンが本命と、

出走しましたが、14着と敗退。

出た以上は結果を出さなければという、

プレッシャーもあったのでしょう。

給水で失敗して惨敗は言い訳で、力がなかったから

負けてしまった。陸連の選考委員はそうみていたはず。

そして、敗軍の将多くを語らずで、

「言い訳会見」はしなかったほうが、

選出された可能性は高かったのではないでしょうか。

川内氏は補欠にもなれなかった。


こうすれば川内氏は選ばれたのでは?


1)福岡マラソンでの実績はインパクトがあったので、

うまく利用すべきだった。その後なにもしないで黙々と練習すべきだった。

2)マラソン経験があまりないのに、異例の会見をしたばっかりに、

陸連選考委員会への心証を害してしまった。

3)実業団からの選考がメインなので、二人の市民ランナーでは、

陸連のプライドが許さない。そういう状況を読むべきだった。

4)強気で東京マラソンに出走。勝てると思いすぎた。出なければ良かった。

5)走るだけの戦略だけでは、難しく、

味方になってくれる戦略、

選考されやすくなる戦略が必要であることを認識すべきだった。


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