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「太平洋戦争、こうすれば日本は勝てた!」(メルマガ抜粋)


太平洋戦争はいわば、米国というよりは、
ABCD包囲網のなか、
有色人種対白人、被植民地対植民列強国、
と言う図式で行われた既得権の伴う戦いということが出来るでしょう。
ハル・ノートはまさに相手の全面的抵抗を織り込んだ、
不条理で戦略的な最後通牒で、
当時アメリカを凌ぐ空母や戦闘機を保持していた日本国への、
謀略でした。奇襲というのは、
ホワイトハウスでは知っていたはずです。
パールハーバーでは、空母の壊滅がなされなかったのが、
大きな誤算でした。
大本営を陸軍が音頭を取っていたのも大きな誤算。
もし海軍が統帥権で仕切っていれば、
広島・長崎・各都市への絨毯無差別爆撃、
沖縄戦、一億総玉砕、という道筋とは違う、
早期講和停戦も出来ないわけではなかったかも知れません。
226事件で、皇道派の決起軍が鎮圧部隊を制圧し、
天皇が味方していれば、戦い方も変わっていたでしょう。
平和への戦いのプロパガンダを、もっと強く押し進めれば、
早期講和もあり得たかも知れません。
いまでこそ、左翼系を代表するかのような、
旭日旗を社旗にする朝日新聞は、
戦前一億総玉砕の戦意高揚の先兵対であったわけですが、
大本営と事を構える覚悟があったなら、
戦局を公平に伝える優良新聞社であったはず。
ところが、玉音放送の後日、手のひらを返すような、
非戦を正当化した社説を公言。
国民としては信用できないメディアとなりつつも、
600万人の読者に支えられていまなお存在していますが、
このさき経営的にも厳しい環境が待っているようです。
それはともかく、
アングロサクソンの有色人種への偏見と征服欲が
なくなるはずもない当時では、
日本は戦わざるを得なかったのでしょう。
ソ連との相互不可侵条約は守られず、北方四島は、
ヤルタ秘密会談の予定通りいまなお、
日本を不安の淵に追いやっているのは周知の事実です。
日本はこうすれば勝てたという、
戦略はいくらでもあったはずなのです。
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